悪霊島
金田一耕助シリーズ独特のおどろおどろしさと、妖艶さが存分に楽しめるミステリ。
読む前に、テレビで放映された映画『悪霊島』(鹿賀丈史主演)を観たのだが、設定がかなり異なっているようだ。
どちらがいいかは、好みが分かれるところだと思うが、私は小説の方が「金田一シリーズ」らしくて好きだ。
映画は、小説に比べると、少し大人しい雰囲気がする。
この小説は、上巻、下巻の2冊に分かれているが、1冊1冊はそれほど厚みがない。上巻・下巻に分けなくてもよかったのでは?
それぞれ350頁ずつくらいだし。
海上に浮かんでいるところを拾い上げられた傷だらけの男が、絶命の前に遺した謎の言葉で、このミステリの幕が開く。
***以下引用***
あいつは体のくっついたふたごなんだ...。
あいつは腰のところで骨と骨とがくっついたふたごなんだ...。
あいつは歩くとき蟹のように横に這う...。
あいつは平家蟹だ...平家蟹の子孫なんだ...。
あの島には悪霊がとりついている、悪霊が...悪霊が...。
鵺(ぬえ)のなく夜に気をつけろ...。
その島の名は...その島の名は...その島の名は...
***引用終了***
舞台は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島、刑部島。
登場人物の語る中国地方の訛りも、おどろおどろしい雰囲気を盛り上げる効果をあげているように思う。
訛りのある語り口調というのは、こういう雰囲気を醸し出すのにぴったりだ。
どこかの崖から突き落とされたと思われる男が遺した言葉とは別に、謎の言葉を遺して殺された人物がもう一人登場する。
過疎の町の片隅で絞殺された老女が、岡山県警の磯川警部に宛てた手紙がそれだ。
***以下引用***
妾(わたし)はいま下津井で表向きは薬屋をしておりますけれど、本業は口寄せの市子でございます。下津井では神降ろしのばばあでとおっているようでございます。そういう職業上ひとさまのいろいろな悩み、秘密にふれることがままあり、空恐ろしゅうなることがよくありますが、わけてもいまから二十二年まえ複雑なる事情のもとに犯した罪の恐ろしさ。しかもその秘密を種にしていままで生きてきた業の深さ。
何卒何卒妾を助けて下さい。妾はどのような罪の償いもいといませんが、命だけは惜しゅうございます。いまにもだれかが妾を殺しにくるのではないかと思えば、生きている空もございません。
***引用終了***
市子とは、東北地方でいうところの「いたこ」と同じようなものだそう。
この市子は二十年前にどんな罪を犯し、何をそれほど恐れているのか。
一見して無関係と思われる謎の言葉を遺した二人の人物が、話が進むうちに刑部島を通じて、ひとつの事件へとつながっていく。
しかし、事件はこれだけではなかった。
刑部島で消息を絶ったと思われる人物が、2人、3人と現れ、遺されたその家族が、いちどきに刑部島に集まり、否が応でも不穏な空気が島を包み始める。
そこへ、さらにもう一つの殺人事件が加わる。
刑部神社の神主が、ご神体である黄金の矢で体を貫かれているのが、発見されるのだ。
ここで、上巻は終わり。
登場人物が多いことで、最初は頭の中がゴチャゴチャになってしまうが、徐々に重要人物とそうでない人物がハッキリしてくるので、上巻を読み終える頃には、人物関係は整理されてきた。
しかし、地理的な説明が多いのには閉口した。
自他ともに認める『地図が読めない女』なので、位置関係を具体的にイメージするのが苦手なのだ。
島の地形について、簡単な地図でも添えられていたら、もう少し読み進めやすかったかなと思うのだが。
ま、地理がわからないまま読み進めていっても、それほど致命的なダメージはない。
わかったほうが、面白いとは思うけれど。
下巻は、まず刑部神社の下男ともいえる男「吉太郎」と、どう猛な野犬「阿修羅」との命を懸けた凄絶な戦いで幕を開ける。
刑部島にある隠亡谷に烏が群がっているのを不審に思い、吉太郎が様子を見に行く。
そこで口の周りを血で真っ赤に染めた阿修羅(野犬)と出会い、襲われてしまう。
結果、吉太郎が阿修羅(野犬)を倒すのだが、そのそばで、阿修羅と烏に食い散らかされた人間の死体を見つけてしまう。
死体は、刑部神社の神主の双子の娘のうちの一人、片帆だった。
何らかの理由でこの島を恐れ、島から逃げ出そうとしているときに、絞殺されたと判明する。
次から次へと起こった殺人事件と、この島で消息を絶った3人の男。
全ての謎が解き明かされたとき、背筋の寒くなるような恐ろしい真実が待っていたのである。
この推理小説、トリックらしいトリックはないし、2冊に分かれていることもあって、やや冗長な気もするのだが、雰囲気は満点。
欲望と嫉妬が織りなす人間模様。
全編にわたって妖しげで、おどろおどろしい空気が漂っている。
トリックを愉しむのではなく、その雰囲気を愉しむ小説だ。
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