もの言えぬ証人
もの言えぬ証人
著者:アガサ・クリスティ
訳者:加島祥造
解説:直井明
★★★★☆
捜査依頼の手紙を受け取り、その現場に向かったときには、時既に遅し。当の依頼人は死亡した後だった。医者も病死だったと断言しているその死に疑問を抱き、捜査を開始するポワロ。依頼人のいない事件だから、捜査するにしてもすんなりとはいかない。あれやこれやと嘘のオンパレード。ポワロの口の上手さには、舌を巻くばかりだ。疑り深い田舎の人々を信用させては、いろんな事実を聞き出していく。
被害者エミリイの死に対して、ポワロだけが殺人事件なのだとこだわり続ける。中盤まではヘイスティングズでさえも、あきれるほど。ポワロが殺人だと確信した理由はなんだったのか...。
キッカケは『手紙』だ。書かれている日付から2カ月も過ぎて届いたエミリイからの手紙。しかもその内容は、エミリイの命が危険にさらされている可能性を示唆するものだった。それに興味を覚えて依頼人を訪ねてみると、既に死亡したという。
死亡原因は肝臓病によるものとされていたが、死の直前に起こったエミリイの階段からの転落事故について聞き、その階段に足を引っかけるように故意に糸を張ったらしい形跡をみつける...。エミリイの死は病気によるものだったかもしれないが、殺意を持った人間がこの場所にいたことだけは確かだと、そういってポワロは犯人を追い始めるのだ。
結局はエミリイの死自体も、殺人だったということになるのだから、ポワロの殺人事件に対する嗅覚は、本当に犬のようだ。
犯行の手口は、それほど目新しいものではない。しかし、犯人の心理というか、性格は、クリスティ作品らしいと思う。また心理的なミスディレクションも見事なもの。
誰もが疑わしく思える中で、終盤に近づくにつれ、ある一人の人物に疑いが集中する。そして最後の最後で、関係者が集められポワロが明らかにした真犯人は、非常に意外な人物だった。
この手の犯人は好きだな。決して"お友達"にはなれないけれど、ミステリの犯人としては魅力的。
自分の立場を充分に理解した上で、その役回りを上手に利用している。とても頭のいい犯人だと思う。
このミステリのタイトルにもなっている"もの言えぬ証人"ことボブ君。
クリスティ自身、大の犬好きだったそうで、ボブ君もとても生き生きと描かれている。やんちゃな犬ならこんなこと考えてそうだなとか、こんなふうにちょっかいだしてきそうだなとか、そんなシーンが一杯。
私も犬がとても好きなので、作者の犬への愛情も伝わってくるような気がした。
クリスティはこの作品の中でも過去の作品について触れている。ポワロがかつて解決した4つの事件の関係者の名前を口にするのだが、解説されている直井明氏のおっしゃるとおり、まだこの4つの作品を読んでいない方は、ここだけは飛ばしたほうがいい。というより、この作品を読む前に読まれることをお薦めする。
クリスティも罪なことをするものだ。
ちなみにこの4つの作品というのは、『雲をつかむ死』『スタイルズ荘の怪事件』『アクロイド殺し』『青列車の秘密』である。
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