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2009/07/01

ダウン・ツ・ヘヴン


ダウン・ツ・ヘヴン (中公文庫)

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書評/SF&ファンタジー

★★★★☆

prologue & episode 1:side slip

ここでも「僕」は「クサナギ」。
二機対五機の戦いで、不利かと思える戦いに、クサナギは交戦を選択。味方を一人失ったものの、相手の五機は全て墜とした。
しかし、最後に残った敵の一人はキルドレではなく大人のパイロットだったのだ。ここで、大人の執念を見せつけられた。自身も怪我を負う。

そこで、入院することになったクサナギ。
クサナギは入院は不要だと主張するも、これも「大人の事情」というヤツなのか、受け入れられなかった。

この病院でクサナギはカンナミと出逢う。
カンナミって、あのカンナミ?!
「スカイ・クロラ」で語り部となっていた「僕」=「カンナミ」。
これは意外。素直にそう受け取っていいのだろうか。

入院の原因となった戦いは、クサナギに対して大きなダメージを与えたようだ。身体的ダメージではなく、精神的ダメージ。
たばこを吸いながら思う。
けむりのように自由になれればいいな、と。
この世にとどまっていると、自由は得られない。
消えていくその瞬間に、ものは自由になる。

厭世的なクサナギの姿が見えるようだ。
小さなか細い身体で、大きなモノと戦わざるを得ないクサナギ。
結局は大人たちに何かを演じさせられてる訳で、それは操られていることと一緒。
それに満足できる?
クサナギも少しは大人になったのか?
いや、大人になったというより、面倒くさくなったのだろうな。反発することに。

episode 2:stall turn

クサナギが客寄せパンダになったように思えた。
記者会見でスポットライトを浴びせられ、いくつもの質問に応え、それに素直に従っていたクサナギ。
特に反発する気持ちも持っていないのだろう。だから厭世的だというのだ。

クサナギが以前失った仲間ヒガサワの弟が登場。これから何らかの関わりを持ってくるのかどうかは不明。ただ、ヒガサワの名を聞く度にクサナギの心が揺らぐのは仕方ないことだろう。過去の経緯を思えば。

そしてカンナミ。
パイロットたちの講習会にクサナギが講師として壇上に立つことになるのだが、その生徒の中にカンナミがいた。
やはりクサナギとカンナミ。ただの関係では終わりそうにない。

ちらりとだが、クサナギの幼少の頃のシーンが登場。
意外な母親のもとで育ったようだ。

普通の女の子として生きていけたら、クサナギはどんな少女になったんだろう。やはり、クラスの中で一人浮いている雰囲気を持った少女だっただろうか。優秀なくせに誰とも勝負をしようとしない。ただ、自分だけがいる世界に閉じこもっている。そんな少女になっただろうか。
そんな少女は、大人になったらどうなっていくのだろう。
それとも、やはりキルドレであるという宿命が彼女をそういう性格に育て上げたんだろうか。
クサナギの上司、大人の女性であるカイは、普通の大人だ。競争心も持っているし、悔しさも知っている。

それにしても、文章をもってして空間を生み出す著者の力はすごい。その空間の持つ雰囲気、スピード感を思う存分楽しめる。読んでいて映像が浮かんでくるのだ。具体的にではないけれど、何となく。

episode 3:snap roll

久々にかつての上司「ティーチャ」に出逢ったクサナギ。
周りから見て、それとわかるほど舞い上がっている彼女。
珍しいことではある。
しかも、一緒に空を飛べるというのだ。
これ以上に嬉しいことがあろうか。

しかしこの戦いは、政治的策略、あるいは企業の広報に利用するためのものだった。市街地の空の上で、腕の立つパイロットが乗った2機が戦う。驚くような話ではない。今までの戦いだってそうだったのだ。戦争のための戦争。
パイロットがキルドレだから、民間人は騒がないだけ。血を流すのは自分たちではないから。
戦いは退屈を紛らわすショーなのだ。

そうであってもクサナギは嬉しかった。
もう一度ティーチャと空で踊れる。
恐らくどちらかが倒れるまで踊り続けるのであろう。

しかし...。
クサナギたちが戦っている理由がそんなモノだったとは。
クサナギと話したジャーナリストの言葉を借りれば、
「一部の特別な人間だけに戦わせて、それによって民衆の捌け口を用意する。そうしたうえで、今の平和が築かれている。
戦うことに反発するエネルギィを、その一カ所に集める。しかも、それは政治の枠組みの外にある。
また、戦う者に感情移入させることで、反社会的な破壊行為への動機を抑制できる。」

そのために利用されているのがキルドレだ。
同じ人間だったら、民衆が黙っていないだろう。
キルドレならば、歳をとらない。老化しない。
平和に過ごせば、いつまでも死なないで居られる。

だからなんなんだ。だから殺し合いをさせてもいいのか?
政治に利用されたり、企業に利用されたりして殺されていいものか?
そんなことはないだろう。

仕組まれた戦いの中でクサナギたちは生きている。
そして、彼らは空を飛ぶことを止められないのだ。止めるくらいなら死んでしまいたいというだろう。空を飛んでいるときだけ、自分自身でいられる。そういう風に作り上げられたのだ。

それはそうと、ティーチャとの戦いでも、クサナギは冷静でいられるだろうか。この戦いはいつもの高い空の空中戦とは異なる低空飛行で行われる戦いだ。民衆が見物しやすいように。より楽しませるために...。
やはり、納得いかない世界だ 。

episode 4: low pass & epilogue

いったい何だったんだ。
命を落としても構わないほどの覚悟をもって望んだティーチャとの戦い。クサナギの覚悟が裏切られた。
このとき、クサナギは初めてはっきりと、大人たちの、そして人間の醜さ、狡さを感じただろう。
どこにぶつけて良いのかわからないほどの怒り。
ほおっておいたら自爆しそうなほどの怒り。
そして、それを静められたのは、ティーチャしかいなかった。

空中戦の緊張感は、さすが。
専門用語はわからないが、すごい技術戦であることが行間から読み取れる。著者の力のすごさだ。

クサナギとティーチャとの戦い。
永遠に続くのか。

本書の半分近くのページを占める章であったが、あっという間に読み終えた。クサナギとティーチャの戦いの展開が早すぎて、読み手であるこちらがページをめくる手もつられて早くなってしまうのだ。
今までで一番緊張感を感じた章であった。

次作へと引き継がれた物語。
展開が楽しみだ。

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